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かつての秘密の首領の名は - 世界教師

2024/07/10 (Wed) 11:20:29

エドガーケイシー!

無題 - m(_ _)m

2020/11/11 (Wed) 20:04:27

『提督の艦隊』(ていとくのかんたい、原題:Michiel de Ruyter)を見ようと思い立って探してたどり着きました。ありがとうございました。

無題 - がらんどう URL

2020/01/30 (Thu) 11:57:04

ピエール・クロステルマンの「撃墜王」文庫版を38年ぶりに再読しました。このページが大変役に立ちました、ありがとうございます。

無題 - 大関泉山

2014/03/04 (Tue) 10:34:20

サロジニ・ナイドゥ女史は何語で
詩を書かれていたのでしょうか?

Re: 無題 - 松永

2014/03/06 (Thu) 21:43:15

それを知るのは後のお楽しみにとっておいてください。

Re: 無題 - 大関泉山

2014/03/15 (Sat) 21:19:07

わかりました。

スルット完結おめでとうございます - 大関泉山

2013/11/13 (Wed) 20:34:55

スルットの執筆お疲れ様でした。
確かに、若くして亡くなったので、もし生きのびていたら・・・という妄想をしてみたくなる人物でした。そうなっていたらフランス革命の頃まで活躍できたかもしれません。
ただ、この伝記でスルットという人物がフランス国内で知名度があまりない理由がなんとなくわかった気がします。
スルットの持っていた、「消極性(慎重さ)」は、それによって成功すれば称えられ、失敗すれば非難を浴びますが、積極性は成功したらもちろん称えられ、失敗したら同じく非難を浴びるとはいえ、勇敢と称えられたりもします。
たとえば、七年戦争中のオーストリアでは慎重なダウン元帥
より、積極的なラウドン将軍のほうが人気があったそうです。
そしてスルットを見てみると、それほど戦いぶりに勇敢さが感じられないため、松永様の仰るように確かに他の名コルセールに比べると地味なのは否めないと思います。
また、イギリスに上陸してキャリクファーガスを占領したとはいえ、その後戦果である解放された捕虜をフランスに連れ帰れませんでした。戦死したにしても、なんとかしてエリオット艦長に対して勝利を得ていれば、、陸軍がブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公子フェルディナントに連敗し、海軍も惨敗していた中で、デュゲイ=トルーアンのリオ・デ・ジャネイロ遠征のごとく、少しくらいはフランスの慰めとなり、
彼も今よりもう少し有名になっていたかもしれません。
また、オーストリア継承戦争での活躍ぶりがあまりわからないうえに、七年戦争でもすばらしい戦果を挙げたのは58~59年の短い間だけですし、その後のイギリス遠征では反乱の収拾とキャリクファーガス占領以外は行動に問題があったことも、
知名度の低さに拍車をかけているのかもしれません。

それと、疑問があるのですがスルットその3で
スルットがフリゲート艦艦長に昇進したのち
ド・フロベル准将を指揮下に置いたとき
「現代の尉官相当でしかないスルット」という記述が出てきましたが、

シュフランでは
>>フランス海軍の艦長職は、コルベット艦艦長(Capitaine de corvette)、フリゲート艦艦長(Capitaine de
fregate)、戦列艦艦長(Capitaine de vaisseau)に分かれており、それぞれ少佐、中佐、大佐に該当して、現在で
もこの呼称は受け継がれています。

とあります。スルットとシュフランの間にショワズール公の
海軍改革がありましたが、これによってフリゲート艦艦長の
職が尉官から佐官になったのでしょうか?

無題 - 松永

2013/11/14 (Thu) 00:08:01

感想ありがとうございます。

>スルットの階級
すみません、「佐官」の間違いでした。訂正しておきます。


さて、本文では書きませんでしたが、スルットがいかに頑張ったところで、実際のところはイギリスの軍艦に勝つのは難しかったと思います。
 「ベルイル」の航海で何度もマストを折っていますが、これは明らかに、乗員の訓練不足です。マストの操作にもたつくうちに、風圧でぽっきりいっちゃったのでしょう。彼の最後の戦いについては、事実が示しています。死ななくても、結局は捕虜になったでしょう。
 ですから、彼が名を残すとすれば、アメリカ革命戦争での活躍しかないでしょうね。シュフランにお付き合いしてインド洋へ行くのも良いですが、庶民の出ということから考えて、そのままアメリカ市民になってしまうということもあり得たでしょう。

 なお、反乱騒動については、無視している資料もあるので、実際はどれほどの騒ぎだったのかはよくわかりません。

ワルデック公楽しみにしています - 大関泉山

2013/11/14 (Thu) 17:59:42

返信ありがとうございます。
前に、次はワルデック公のつもりと仰られたので
楽しみに待っております。

また、トルーアンその7のアルモンドとオーモンド公の
混同を修正と書かれていましたが、
その問題の文を見てみると、アルモンド公のままとなっています。少し前の記事の場合、修正の反映に時間がかかるのでしょうか?

どうでもいい話ですが、スルットその1でオルレアン公とフェリペ5世のウマが合わないと書かれていましたけれども、ヴォルテールの『ルイ14世の世紀』2巻によると、1709年にオルレアン公がスペインの大貴族数名と結んでスペイン王位を狙う陰謀が発覚したうえ、この事件がルイ14世によって不問にされたため、仲が悪いのは当然かもしれません。

ついでにお聞きしたいのですが、「へっぽこじゃないぞ」では最終的にフランス海軍の何人くらいの英雄を何人くらい取り上げるおつもりでしょうか?

無題 - 松永

2013/11/15 (Fri) 23:20:45

ワルデック公なのは、あくまで「つもり」です。取り上げるにしても、「オランダ名海将列伝」番外編ということで、ごく短いものになります。近世の軍人から離れるかもしれません。

>トルーアンその7のアルモンドとオーモンド公

 それはよくわかりません。確かに修正しましたし、してあります。キャッシュを読んでいるのではありませんか? 私の経験では、FC2サーバーでは、リロードしないと新しいページを読まないことがあり、更新した直後に覗いてよくビビリます。

>オルレアン公とフェリペ5世
そういうネタは書いても面白いのですが、本題はあくまでトルーアン一代記。捨てる情報も必要です。

>最終的にフランス海軍の何人くらいの英雄を何人くらい取り上げるおつもりでしょうか

 そんな予定は立てていません。トルーアンの時代を過ぎれば特にですが、フランス海軍はただただへっぽこ。戦列艦のキルレシオ1:90の軍隊はダテではありません。見るべき英雄は、やっぱり少ないですね。
 フォルバンあたりは面白いのですが、この人の回顧録は長ったらしいので、読むのがイヤになります。
 

Re: - 大関泉山

2013/11/17 (Sun) 18:45:04

>>  それはよくわかりません。確かに修正しましたし、してあります。キャッシュを読んでいるのではありませんか? 私の経験では、FC2サーバーでは、リロードしないと新しいページを読まないことがあり、更新した直後に覗いてよくビビリます

実家に帰ってからトルーアンその7を読んでみたら
普通に直っていましたからたぶんそうだと思います。
ワルデック公だと早とちりしてしまったことと合わせて
お詫び申し上げます。

>>トルーアンの時代を過ぎれば特にですが、フランス海軍はただただへっぽこ。戦列艦のキルレシオ1:90の軍隊はダテではありません。見るべき英雄は、やっぱり少ないですね。

自分の知っている限りでは、まだ取り上げられていない人の中で、トルーアン以後、それなりに軍功をあげた有名な提督だとラ=ブルドネ、ド・グラースくらいでしょうか(英雄といえるかどうかは知りません)。これにトルーアン以前のデュケーヌ、トゥールヴィル伯、シャトー=ルノー侯などを入れても、イギリス海軍と比べると見劣りしますね。
そのうえ注力していた陸軍も七年戦争ではいまいちなのが
微妙さに拍車をかけている気がします。

François Thurot - 大関泉山

2013/10/19 (Sat) 23:18:13

発音サイト(Text-to-Speechという何人かのコンピュータの発音者が言ってくれるサイトです。ただしduquesneをデュケスヌと発音する人がいたりするので人名はあまりあてにならないと思われます。カナダ系やヨーロッパ系のコンピュータ発音者はデュケーヌと発音しますが。)でThurotを
発音してもらったところ、テュロという発音だそうです。そこでテュロと調べてみると、
Wikipediaの「ジョン・エリオット (イギリス海軍)」の
項目が出てきて、そこのリンクにある英語版Wikipediaのフランソワ・テュロという人物の肖像画がスルットのものでした。
生没年も同じであり、Thurotの読みはテュロで、スルットは英語名なのかもしれません。

フランス語はまったくわかりませんがジャン・バール(Jean Bart)などのように、Azincourt(アザンクール)、Ⅴincent(ヴァンサン)、Nicolas(二コラ)、
Bernard(ベルナール)
のように母音の後で一番最後につくt、s、dなどはあまり発音しないようです。また、thもフランス語ではtの発音をするようです。なのでフランソワ・テュロが正しいのではないでしょうか。

Re: François Thurot - 松永

2013/10/20 (Sun) 23:09:16


そうですが、彼はどちらかと言うとイギリスの方で有名人です。ですから、「スルット」で良いと判断しています。スールートと聞こえなくもないですが、「スルット」です。

Re: François Thurot - 大関泉山

2013/10/21 (Mon) 13:46:15

書かなくともいい余計なことを、傲慢な内容とともに
書いてしまい申し訳ありません。
自分が日本語で調べて分かるようなことを、松永様が
知らないはずがないということにどうして思い至らなかったのでしょうか。恥ずかしい限りです。

Re: François Thurot - 松永

2013/10/26 (Sat) 16:49:50

大関泉山 様

 いえいえ、そんなことはないです。ご指摘はいずれも真摯に受け止めねばなりません。
 名前の表記には確かに悩みます。「デ・ロイテル」といえば日本人にはわかりますし、英国人にも何とかわかってもらえるかもしれません。しかし、オランダ語では「ドェ・ラウター」みたいな感じに聞こえますし、本文にも書いたとおり、デ・ロイテルご本人が、ゼーラント訛りのある人なので、自分を何と呼んでいたのか、もはやわかりません。しかし、日本語で、日本人向けに書いている以上、「デ・ロイテル」と書くのが親切というものでしょう。
 

 そもそも日本人にフランソワ・スルットの名前を知っている人がどれだけいるのか? 「オテル・テュロ」は知っている人はいるかもしれませんが。しかしながら、フランスの軍艦の場合、「スルット」と英語式に書かれていることが多い(少なくとも私の見た限りでは)です。そして、イギリスのほうで有名だということも併せて、「スルット」にしたわけです。

 そして何より、「テュロ」が何ともかっこ悪い感じがした…ということもありますね。

ジャック・カサールその4 - 大関泉山

2013/10/19 (Sat) 22:18:48

ジャック・カサールその4に登場する64門艦「ペンブローク Pembroke」の正しい読みはペンブルックのようです。

ストロングボウと呼ばれたリチャード・ド・クレアや、騎士として有名なウィリアム・マーシャルらの所持していた爵位、
ペンブルック伯で思い出しました。。
ただどうしてbrokeでブルックと読めるかはわかりません。

アルモンド公について - 大関泉山

2013/10/13 (Sun) 12:36:06

「デュゲイ・トルーアンその7」に登場する
アルモンド公(Philips van Almonde)を英語版Wikipediaで調べてみましたが、公爵ではなさそうです(デ・ロイテルの最後の部分での息子のエンヘルの話を考えると、いくらウィリアム3世が英国王として即位したとしても、オラニエ公なのは変わらないのでオランダ人が、それに次ぐ公爵位を得るのは難しいでしょう。)。また海軍軍人のようで、陸軍の指揮官でもないようです。
カディスの戦いやヴィーゴ湾の戦いの指揮官のひとりにオーモンド公ジェームズ・バトラー(James Butler, 2nd Duke of Ormonde)という人物がいます。この人物と混同しているのではないでしょうか?

Re: アルモンド公について - 松永

2013/10/15 (Tue) 21:23:08

大関泉山 様

 そのようですね。ご指摘ありがとうございました。修正しておきます。

 なお、海軍軍人が上陸作戦、陸上作戦を指揮することは多々ありました。

Re: アルモンド公について - 大関泉山

2013/10/16 (Wed) 09:17:10

>>なお、海軍軍人が上陸作戦、陸上作戦を指揮することは多々ありました。

陸兵8000と聞いて、まだ上陸していないため、陸軍の兵8000という意味だと勘違いしていました。
すみません。
自分が海軍軍人とわざわざ書いたのは
海軍軍人が陸軍を指揮することがあるのだろうか?と
思ったからです。

追加 - 松永

2013/09/26 (Thu) 22:08:48

大関泉山 様

私はなんせ素人なので、特に古い記事の細部については、いろいろ至らぬ点があると思いますので、今後もよろしくお願いします。


追加ですが、トリントン伯については、あんまり英雄という感じがしないので、この人は取り上げる予定はありません。

現在、スルットを片付けた後は、ワルデック公の予定です。陸のデ・ロイテルとはいきませんが、オランダの重要人物です。

デュケーヌについては、これは興味があるのですが、フォンテーヌブロー勅令の例外という立場にいたことが、フランスと戦うことを選んだションベルグ元帥と比べて私的にはマイナスであり、いずれ取り上げたいと思いますが、ションベルグ元帥の後になる可能性大ですね。

「ぶちゃいく顔でちび」とフランス軍に拒否された男の顛末として面白いので、オイゲン公もよいと思います。

Re: - 大関泉山

2013/09/27 (Fri) 20:44:06

お返事ありがとうございます。
トリントン伯アーサー・ハーバートは確かに英雄という感じはしませんね。バントリー湾の海戦でシャトー=ルノー侯に負け、ビーチー・ヘッドの海戦でトゥールヴィル伯に負け・・・と数で劣っているにしてもあまりいい印象はないです。
やはり「現存艦隊主義」という言葉を作り出したがゆえに
有名になった印象があります。
同じトリントンでもトリントン子爵ジョージ・ビングのほうは
スペイン継承戦争ではサー・ジョージ・ルークの部下として活躍し四カ国同盟戦争でもパッサロ岬沖で大勝していますが、
息子のジョン・ビング提督のほうが有名になってしまいました。四カ国同盟戦争がマイナーなせいかもしれませんが・・。

ワルデック公はリュクサンブール元帥に連敗した人物という印象しかないですがそんな重要人物だとは知りませんでした。
ションベール(シェーンベルク、ションバーグ)元帥もそれなりに長くなりそうですが、オイゲン公を取り上げるとしたらデ・ロイテル並の長さになりそうですね。
スルットの続きとともに楽しみにしております。



シュフラン提督について - 大関泉山

2013/09/26 (Thu) 21:05:47

こんばんは。
>>また、シュフランは「部下からの信頼は厚かった」とする記録もありますが

と管理人さんは英雄伝の「シュフラン」の結びの部分で書いておられますが、グーグルで「シュフラン提督」と検索してみたところ2ちゃんねるの「民主党ですが解消です」というスレの287の方と418の方がシュフラン提督が部下に慕われていた可能性のあるレスを残していました。まあ2ちゃんねるですから信憑性に欠けますが、それによるとシュフラン提督は下記のようなことをしたそうです。

”インド洋で将官に比べ、水兵の消耗が激しいのを見て取ったシュフランさんは、水兵の生活が過酷なのを理解し、
食料は日持ちのして栄養のあるものを艦隊の費用で購入し、水は腐りにくいように石灰や消毒薬を混ぜるように指示。
次いで、水兵部屋を清潔にする事を指示しました。
弱った水兵は医者に見せ、水兵には食事に肉や卵を与えることを許可したそうです。 このため、インド洋での作戦時に彼らの艦隊の水兵は目覚しい活躍を見せ、長期戦でありながら病気や衰弱を防ぐ 事が出来ました”

これがもし本当なら激情家で肥満体にしても、慕われていた可能性があるのではないでしょうか(あくまで本当なら、ですが)。

それと、これもまた揚げ足取りのように思われるかもしれませんが、「デュゲイ・トルーアンその8」の最初に登場する王太子ルイ(1661-1711)はフェリペ5世の父ですが、ルイ15世にとっては祖父にあたる人物(ルイ15世の父は王太子ルイの子ブルゴーニュ公ルイ)のようです。


いろいろ返信 - 松永

2013/09/26 (Thu) 21:56:03

大関泉山 様

 引越し前後でお返事が遅れ、申し訳ありません。ご指摘の点は、おいおい訂正していきます。

なお、シュフランについては、思い通りにならないとわめきちらすタイプであり、また、明らかに士官達との意思疎通の不足や指導力不足と思われる点が目立ちます。体重が減った形跡がない(笑)のも、アメリカ革命戦争の最中という時代背景もあり、まず嫌われる条件はそろっていたと見るべきでしょう。
 それに、ご指摘のようなことは、有能で行動力のある士官なら誰でもやっていたことです。有能で行動力のあることと、部下に慕われることは別問題ですね(ヴィッテ・デ・ヴィトがその典型です)。


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